マレーシアのマラッカに建つカフェ併設型宿泊施設である。
「マラッカ海峡の歴史都市群」としてユネスコ世界文化遺産に登録されているマラッカは、モンスーンの終着点ともいわれ、往時は風待ちのために数ヶ月間の停泊が必要だった。そのため宿場町としての発展を遂げ、街道沿いには間口が狭く奥行きが極端に長い、鰻の寝床のような建物が並ぶ街並みが形成されていく。
今回のプロジェクトでは、旧市街のはずれにある古いショップハウス(18世紀後半イギリス統治下で発展した中国系商人が集まるエリアに数多く見られた、1階に店舗、2階以上が住居になっている建築形式)の一区画をスケルトンの状態からリニューアルした。
クライアントが私たちに最も強く要望したことは「日本風」ということであった。プロジェクトチーム内でのコードネームは「小京都」である。京都とは似ても似つかぬ気候風土のこの場所にどうやって京都を持ち込むか、最初は頭を抱えたものの、おもえば京都には町屋があり、ショップハウスは南国の町屋と言えなくもない。ここでは町屋の空間形式のみを輸入し、素材は徹底して現地のもので完結するよう試みた。
奥行き方向中央のワンスパン分は床を解体し、直上の屋根をポリカーボネードに葺き替えることで暗かった室内に自然の光と風を導いた。光庭は屋外と同質なものとして扱い、面する壁にはインドネシア産のジャワスレートと呼ばれる現地の石を貼っている。ファサードに現れるバルコニーの手すりや木製建具はニャトーという南洋材の組み合わせでつくり、室内の穴あきブロックやタイル類はほとんどマレーシア国内メーカーの既製品から選定した。このように、新しく仕上げる部分についてはできる限り日本建築のもつ繊細さやか弱さを引き継ぎ、逆に既存を残す部分についてはモノが時間を経て獲得した荒々しさや力強さが現れるよう心がけている。
イスラムを彷彿とさせるアーチと日本風の格子が重なり合い、それらはみな熱帯雨林産の材料でつくられている。ポルトガル、オランダ、イギリス、そして日本の各国に統治され、文化を吸収しながら今に至る混成系のマラッカに相応しい建物だと言えるのかもしれない。
用途
ゲストハウス、カフェ
延床面積
352.36㎡
竣工
2019年6月
建築設計
佐野健太建築設計事務所
・担当
佐野健太
建築施工
Grid Design Concept sdn bhd
・担当
Tsen Hon Seng