そこは「サロン」というカタカナが似合う地方の美容室であった。
建主は70代の夫婦。奥さまが約50年前に開業された店は、彼女にとって家と同じような存在であり、商いと私的な生活とは限りなく連続していた。改築するにあたって、まずこの不可分性を大切にしたいと考えた。
身なりを整えてもらい代金を支払う、という単なるサービスと貨幣の交換以上のものがそこにはあった。おしゃべりを通じて交換される情報は日常の些事から政治に至るまで広範にわたり、老齢化していく地方にあっては安否確認を補っている側面もある。田畑で採れた農作物や趣味の工芸品などを置いていく人が訪れ、美容室の片隅にささやかな市場ができる。それは、五感全体を使って通じ合ういきいきとしたコミュニケーションである。
水廻りを中心に諸室が取り巻くセンターコア型とし、敷地の高低差に沿ってフロアラインが変化する平屋の計画とした。エントランスやトイレなど、店舗と住居が多くの場所を共有する。その分、空間にゆとりが生まれ、コミュニケーションが発生するきっかけにもなる。コアの壁に欄間を設けることで北東側ハイサイドライトからの安定した自然光を美容室に導き、同時に自然通風を促すことで、自然エネルギーも建物全体で共有する。緩い曲面天井もこれらの効果を増強するためである。熊谷の強烈な西日に対しては、壁面に角度を与えた。真西に向け不透明な壁を立て、真南には透明なLow-eガラスを用い、それらの組合わせで屏風状のファサードを構成。モジュールは美容師が理想とするセット面の間隔から決め、働き手にとっても快適な距離感を確保した。
近代ヨーロッパに生まれたサロンを「女性を中心に開かれた公共性の高い社交形態」と定義できるとすれば、この住宅が目指したのも「サロン」だといえるのかもしれない。
用途
美容室併用住宅
構造
木造
規模
地上1階、地下0階建て
敷地面積
223.34㎡
延べ面積
90.80㎡
竣工
2019年5月
設計監理
佐野健太建築設計事務所
・担当
佐野健太、梯朔太郎
構造設計
清水構造計画
・担当
清水靖真
施工(建築)
ばんだい東洋建設